久しぶりのUSTです。
そして初「書家」とのUSTです。
3月5日(土) 15時〜
曽我卓史個展「書家の人」@深川番所の会場より生中継にてお伝えします!
詳細はこちら
http://www.sogatakuji.com/ust/syo.html
今回の個展作品をもとに話を広げていければ、と思います。
2/27/2011
書作品の制作態度
個展で色々な人と話をし、ノートにまとめて整理をしています。
最近の自分の作品制作では、基本平面的作品(文字を使う事が多い)と映像作品(まだ文字はあまり使っていない)を並行して行っています。
なぜ、まったく関わりのないようなこの二つを並行させて制作をしているのかと考え、根本的な目的到達地点の違いがあるということに気づいたのです。
平面作品では、(コンセプト的には書と絵画のニュートラルな地点だけれども)視覚的にはやはり「書」に限りなく近く、一般の人(大衆ではなく、美術関係者とかのこと)からしたらやはりその違いは分かりにくい。くらい「書」に近いものです。
そのモチベーションというのは、やはり書から発しているものです。
そして、その到達地点というのは、現代の「書」の姿の極論であって、それは現代の「書」の姿が書の歴史から見て、進化であると仮定した上での制作態度ということです。
「書」が言葉と共に生まれ、言葉と共に成長し、やがて言葉とは袂を分つ、それが「書」にとっては進化であって、書の歴史の肯定をしている態度です。
ところが、映像作品というのは、まったく違うところから湧いていて、3年程前に知り合った、とある高名な建築の方(兄弟)のアドヴァイスから、映画を見始めたことに関係しています。もともと映画といったら、本当に娯楽の一つでアクション系か地球滅亡系くらいしかたまに見ていなかった自分ですが、やはり指摘を受けたら否定するのではなくて、まず行動しようがモットーですから、古典的な映画を映像の一種として見始めました。
そうすることで、映像のおもしろさに気づき、映像で表現できる幅の広さに魅力を凄く感じて来たのです。
ちなみに洋画よりも邦画派で新藤兼人監督が一番好きです。
そうこうするうちに、色々と映像制作する機会が出て来まして、自分の中でも「書」を根底に何か作れないかと考えるようになったのです。
平面作品の制作態度が書の歴史の肯定であるのに対し、映像作品の制作態度は書の歴史の否定であって、書の歴史を過去まで戻すことに主眼を置きつつあります。
それは境界線の曖昧な状態であって、書の様々な要素が宙に浮いていて、ただ物体存在としてあるような。ここはまだ、自分でも完全に分からず抽象的な書き方ですいません。
そのような根本の違いに気づき、さてこれを両極端の方向にばらばらに進めて行くのか、もっと中間も狙うのか、考えていかなければなりません。
はー、twitter慣れしてしまって、長い文章が大変大変......
続く
最近の自分の作品制作では、基本平面的作品(文字を使う事が多い)と映像作品(まだ文字はあまり使っていない)を並行して行っています。
なぜ、まったく関わりのないようなこの二つを並行させて制作をしているのかと考え、根本的な目的到達地点の違いがあるということに気づいたのです。
平面作品では、(コンセプト的には書と絵画のニュートラルな地点だけれども)視覚的にはやはり「書」に限りなく近く、一般の人(大衆ではなく、美術関係者とかのこと)からしたらやはりその違いは分かりにくい。くらい「書」に近いものです。
そのモチベーションというのは、やはり書から発しているものです。
そして、その到達地点というのは、現代の「書」の姿の極論であって、それは現代の「書」の姿が書の歴史から見て、進化であると仮定した上での制作態度ということです。
「書」が言葉と共に生まれ、言葉と共に成長し、やがて言葉とは袂を分つ、それが「書」にとっては進化であって、書の歴史の肯定をしている態度です。
ところが、映像作品というのは、まったく違うところから湧いていて、3年程前に知り合った、とある高名な建築の方(兄弟)のアドヴァイスから、映画を見始めたことに関係しています。もともと映画といったら、本当に娯楽の一つでアクション系か地球滅亡系くらいしかたまに見ていなかった自分ですが、やはり指摘を受けたら否定するのではなくて、まず行動しようがモットーですから、古典的な映画を映像の一種として見始めました。
そうすることで、映像のおもしろさに気づき、映像で表現できる幅の広さに魅力を凄く感じて来たのです。
ちなみに洋画よりも邦画派で新藤兼人監督が一番好きです。
そうこうするうちに、色々と映像制作する機会が出て来まして、自分の中でも「書」を根底に何か作れないかと考えるようになったのです。
平面作品の制作態度が書の歴史の肯定であるのに対し、映像作品の制作態度は書の歴史の否定であって、書の歴史を過去まで戻すことに主眼を置きつつあります。
それは境界線の曖昧な状態であって、書の様々な要素が宙に浮いていて、ただ物体存在としてあるような。ここはまだ、自分でも完全に分からず抽象的な書き方ですいません。
そのような根本の違いに気づき、さてこれを両極端の方向にばらばらに進めて行くのか、もっと中間も狙うのか、考えていかなければなりません。
はー、twitter慣れしてしまって、長い文章が大変大変......
続く
2/26/2011
顔真卿
先日、とあるご年配の方(知人ではない)に呑み屋で指摘を受けました。
僕が連れと書道について話していたときのこと。
色々と話し、話の論点は顔真卿の書が本人の人間性と関連している、とそのご老人が強くおっしゃるので、それは何故ですか?と聞いた。
「書は人となり」みたいなことを言うけれども、その人が作っているのだから当たり前、むしろ提言することではないものだと思います。それは料理や文章や音楽やその他、人が作るものなら当然のことです。
しかし、そのご老人は君は勉強不足だから教えるつもりはない!としか言ってくれません。
さらに驚くべきことに、それは古い昔から言い伝えられて来たから当たり前のことなんだ!とまで言う始末!
今時こういう思考の方がまだいらっしゃるとは、と思い、途中からおもしろ半分で質問攻めにしました。
(中略)
きちんと自分の意見を持たねばいけません、と自分にも言い聞かすつもりで、老人と話していましたとさ。
今日は個展オープニングです。
http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
僕が連れと書道について話していたときのこと。
色々と話し、話の論点は顔真卿の書が本人の人間性と関連している、とそのご老人が強くおっしゃるので、それは何故ですか?と聞いた。
「書は人となり」みたいなことを言うけれども、その人が作っているのだから当たり前、むしろ提言することではないものだと思います。それは料理や文章や音楽やその他、人が作るものなら当然のことです。
しかし、そのご老人は君は勉強不足だから教えるつもりはない!としか言ってくれません。
さらに驚くべきことに、それは古い昔から言い伝えられて来たから当たり前のことなんだ!とまで言う始末!
今時こういう思考の方がまだいらっしゃるとは、と思い、途中からおもしろ半分で質問攻めにしました。
(中略)
きちんと自分の意見を持たねばいけません、と自分にも言い聞かすつもりで、老人と話していましたとさ。
今日は個展オープニングです。
http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
2/24/2011
色々なブログ
世界e劇場上で編集日記的ブログ始めました!
http://www.sekaiegekijo.com/e_note
サイト更新しながらささやきます
それにしてもfacebook上でURL入れると自動的にサイトのサムネイルが出てくるアレ、すごいっすね、、天才が考えるプログラミングだけありますわ
それに慣れると他でいちいちリンク貼るのが面倒にもなります。
では
http://www.sekaiegekijo.com/e_note
サイト更新しながらささやきます
それにしてもfacebook上でURL入れると自動的にサイトのサムネイルが出てくるアレ、すごいっすね、、天才が考えるプログラミングだけありますわ
それに慣れると他でいちいちリンク貼るのが面倒にもなります。
では
2/22/2011
ニュートラル、クール
今回の個展の作品制作で「ニュートラル」ということをずっと考えていた。
「書」であるのか「書」でないのか、その中間地点。ふわふわな感じ。むしろ避けてる感じ。
なぜそこにこだわるのだろうと考えたとき、「書作品」として観られることが、作品鑑賞の邪魔をするからと前から考えていたからなんだなと思った。
というよりも「書」であるか否かという議論は議論としては有効であっても、作品鑑賞の時にはむしろ不必要な情報だと思う。なぜならば、「書」の観点から観たときに、全く無意味であったり、良くない要素を入れ込んでいるからだ。
なので、作品を観るときに「書」なのかなぁ....と思わせないような作品を試みた。
筆や墨、そして文字を使っているから、どうしても第一印象は「書」なのですが、結局、「書」であるか否かは自分の中ではあまり重要視していないからなのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
曽我卓史個展「書家の人」
2011年2月25日〜3月6日
opening party / 2月26日 18:00 - 20:00
深川番所 / http://gallery.kawaban.net/
曽我卓史WEB / http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「書」であるのか「書」でないのか、その中間地点。ふわふわな感じ。むしろ避けてる感じ。
なぜそこにこだわるのだろうと考えたとき、「書作品」として観られることが、作品鑑賞の邪魔をするからと前から考えていたからなんだなと思った。
というよりも「書」であるか否かという議論は議論としては有効であっても、作品鑑賞の時にはむしろ不必要な情報だと思う。なぜならば、「書」の観点から観たときに、全く無意味であったり、良くない要素を入れ込んでいるからだ。
なので、作品を観るときに「書」なのかなぁ....と思わせないような作品を試みた。
筆や墨、そして文字を使っているから、どうしても第一印象は「書」なのですが、結局、「書」であるか否かは自分の中ではあまり重要視していないからなのかもしれない。
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曽我卓史個展「書家の人」
2011年2月25日〜3月6日
opening party / 2月26日 18:00 - 20:00
深川番所 / http://gallery.kawaban.net/
曽我卓史WEB / http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
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2/17/2011
個展までもう少し
個展「書家の人」まで、もうすぐ。
この直前のスケジュールとにらめっこで開催が近づいていく感じは心臓によくないですが、快感ですね。
結局、今回の展示作品は
平面1点と映像2点、立体1点、写真1点、あと平面的なもの1点となりそうです。
2月26日の夕方からはオープニングやりますので、ぜひぜひー。
http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
この直前のスケジュールとにらめっこで開催が近づいていく感じは心臓によくないですが、快感ですね。
結局、今回の展示作品は
平面1点と映像2点、立体1点、写真1点、あと平面的なもの1点となりそうです。
2月26日の夕方からはオープニングやりますので、ぜひぜひー。
http://www.sogatakuji.com/exhibitions.html
1/07/2011
刺青
映画「刺青」を観ました。
原作谷崎潤一郎 監督増村保造です。
谷崎×増村ペアの「卍」「痴人の愛」「瘋癲老人日記」は皆好きだったので、まだ原作も読んでいない刺青を借りてしまいました。
しかも大好きな若尾文子主演です。
そしてさらに脚本は、あの「濹東綺譚」の監督 新藤兼人です。
もう自分の中ではオールスター揃いです。
内容は原作を読んでいないので比較は出来ませんが、谷崎原作ということあってとても色気たっぷり、醜悪さ満載というおどろおどろしい雰囲気でした。
時代設定が旗本でてくるということは結構昔なんでしょうかね?
(今の向島の寺島村というのも出てきます。凄い密林ですが、、)
谷崎の作品はどれも「性」と「生」の対比が半端なく鋭い気がします。
「卍」が女性同性愛
「瘋癲老人日記」が老人の生と性
だと簡単にまとめると、この刺青はどう表現すればいいか悩みますが、
ラストシーンはこの監督いつも度肝を抜かせてくれるのですが
刺青も期待通りでした。
色彩的にも凄く印象に残ります。
あとはやはり若尾文子が男と対面するときの態度が最高です。体当り演技、迫力あります。さすが!
なんとなく調べていたら、原作は谷崎なんだけど、現代風にアレンジした「刺青」
が映画がちょっと前にあったみたいですね
http://www.artport.co.jp/movie/shisei/
そしてちょっと気になったのは小説のほうだと「しせい」と読むんですが
増村監督の映画だと「いれずみ」らしいですね。
なんかあるのかな??
原作谷崎潤一郎 監督増村保造です。
谷崎×増村ペアの「卍」「痴人の愛」「瘋癲老人日記」は皆好きだったので、まだ原作も読んでいない刺青を借りてしまいました。
しかも大好きな若尾文子主演です。
そしてさらに脚本は、あの「濹東綺譚」の監督 新藤兼人です。
もう自分の中ではオールスター揃いです。
内容は原作を読んでいないので比較は出来ませんが、谷崎原作ということあってとても色気たっぷり、醜悪さ満載というおどろおどろしい雰囲気でした。
時代設定が旗本でてくるということは結構昔なんでしょうかね?
(今の向島の寺島村というのも出てきます。凄い密林ですが、、)
谷崎の作品はどれも「性」と「生」の対比が半端なく鋭い気がします。
「卍」が女性同性愛
「瘋癲老人日記」が老人の生と性
だと簡単にまとめると、この刺青はどう表現すればいいか悩みますが、
ラストシーンはこの監督いつも度肝を抜かせてくれるのですが
刺青も期待通りでした。
色彩的にも凄く印象に残ります。
あとはやはり若尾文子が男と対面するときの態度が最高です。体当り演技、迫力あります。さすが!
なんとなく調べていたら、原作は谷崎なんだけど、現代風にアレンジした「刺青」
が映画がちょっと前にあったみたいですね
http://www.artport.co.jp/movie/shisei/
そしてちょっと気になったのは小説のほうだと「しせい」と読むんですが
増村監督の映画だと「いれずみ」らしいですね。
なんかあるのかな??
1/02/2011
FCE4.0
Appleの映像編集ソフトFinal cut express4.0を購入しました。
i Movieと比較すると、やはりプロ用だけあって、直感ではなかなか作業が進みません。
ネットでチュートリアルなどを見るも、やはり難しい。
難しいというよりか、作業できる事が多すぎて、複雑です。
やはりプロ用はきつかったかな、、と思いつつ、なんとか使いこなしてやろうと格闘中です。
とりあえず正月風邪と格闘中。
i Movieと比較すると、やはりプロ用だけあって、直感ではなかなか作業が進みません。
ネットでチュートリアルなどを見るも、やはり難しい。
難しいというよりか、作業できる事が多すぎて、複雑です。
やはりプロ用はきつかったかな、、と思いつつ、なんとか使いこなしてやろうと格闘中です。
とりあえず正月風邪と格闘中。
12/30/2010
ヴィーナス
2006年のイギリス映画「ヴィーナス」(監督ロジャー・ミッチェル)を観た。
名前から適当に選んだ割にはよかった。
ヴィーナスといえば、原色の街にでてくるカフェーの名前だ。たったそれだけで選んだ訳ですが。
カフェーヴィーナスは今でも鳩の街の路地裏に存在すると(もちろん建物だけ)ネットで書かれていましたが(2チャンだったかな?)当時の鳩の街カフェーの中でも最大級だったようです。鳩の街自体が歌舞伎町とか山の手にも負けないくらいの規模だった時代です。
今では信じられませんが、山の手の男たちがわざわざ遊びに来ていたようですね。
ああ、一日でいいからタイムスリップしてみたい!
九段下の昭和館には、当時の赤線建築をまとめたビデオがあります。
ちょうど、売春防止法が施行されるちょっと前に警視庁の方が自費で作ったというとてもとてもアツいビデオです。
さすがに映像はあまりよくないですが、カフェー鳩の街入り口とかのケバい看板など、貴重な映像が残っています。
さて、、、ヴィーナスですが。
乱暴な言い方すれば、谷崎潤一郎の瘋癲老人日記の欧米バージョンといったストーリー。
若い女性と老人男性の物語。
老いて尚性欲健全な老人のお話。
ヴィーナスはかっこいい老人、瘋癲老人日記はなんだか可哀想な老人。でもラストは瘋癲老人日記のが凄い!!!さすが谷崎。
そんなヴィーナスと瘋癲老人日記、どちらもおすすめです。美しいです。
年末年始の夜長にぴったり。
老人を見くびってはいけませんね、かっこよく老いたいものです。
名前から適当に選んだ割にはよかった。
ヴィーナスといえば、原色の街にでてくるカフェーの名前だ。たったそれだけで選んだ訳ですが。
カフェーヴィーナスは今でも鳩の街の路地裏に存在すると(もちろん建物だけ)ネットで書かれていましたが(2チャンだったかな?)当時の鳩の街カフェーの中でも最大級だったようです。鳩の街自体が歌舞伎町とか山の手にも負けないくらいの規模だった時代です。
今では信じられませんが、山の手の男たちがわざわざ遊びに来ていたようですね。
ああ、一日でいいからタイムスリップしてみたい!
九段下の昭和館には、当時の赤線建築をまとめたビデオがあります。
ちょうど、売春防止法が施行されるちょっと前に警視庁の方が自費で作ったというとてもとてもアツいビデオです。
さすがに映像はあまりよくないですが、カフェー鳩の街入り口とかのケバい看板など、貴重な映像が残っています。
さて、、、ヴィーナスですが。
乱暴な言い方すれば、谷崎潤一郎の瘋癲老人日記の欧米バージョンといったストーリー。
若い女性と老人男性の物語。
老いて尚性欲健全な老人のお話。
ヴィーナスはかっこいい老人、瘋癲老人日記はなんだか可哀想な老人。でもラストは瘋癲老人日記のが凄い!!!さすが谷崎。
そんなヴィーナスと瘋癲老人日記、どちらもおすすめです。美しいです。
年末年始の夜長にぴったり。
老人を見くびってはいけませんね、かっこよく老いたいものです。
年賀状
年賀状を書いています。もう1日には間に合わないでしょうが。。。
年賀状に限らず、この墨を摩るに始まり、文章を紙に書く、つまり手紙を書くということ
は本当に快感です。
特に送り先の相手の住所とか名前書くのとか凄く気持ちがいいんです。
今回の年賀状は2月の個展のDMをそのまま、というパターンも作ったんですが
昨今のDMスタイルだと裏面に地図などの情報を入れるため、名前とか住所が書きにくいのです。
書道やっていなければ、普通シールでペタペタする方が多いでしょうから、意識しないでしょうけど、本当にこれは書きにくい!
(←って、じゃあ書きやすいデザインにしろよっていう感じですね、、)
年賀状じゃなくても定期的に手紙とか送り合う方もいるのですが(70歳のおばあちゃん)
もっと手紙書きたい!!
交換日誌じゃないけど、手紙やりあってくれる方随時募集です。
ことばを書きましょう。
年賀状に限らず、この墨を摩るに始まり、文章を紙に書く、つまり手紙を書くということ
は本当に快感です。
特に送り先の相手の住所とか名前書くのとか凄く気持ちがいいんです。
今回の年賀状は2月の個展のDMをそのまま、というパターンも作ったんですが
昨今のDMスタイルだと裏面に地図などの情報を入れるため、名前とか住所が書きにくいのです。
書道やっていなければ、普通シールでペタペタする方が多いでしょうから、意識しないでしょうけど、本当にこれは書きにくい!
(←って、じゃあ書きやすいデザインにしろよっていう感じですね、、)
年賀状じゃなくても定期的に手紙とか送り合う方もいるのですが(70歳のおばあちゃん)
もっと手紙書きたい!!
交換日誌じゃないけど、手紙やりあってくれる方随時募集です。
ことばを書きましょう。
12/29/2010
ブラウザ
このブログスポットには統計という項目があって、どんな人たちが見ているのかが分かるようになっている。
ちょっとびっくりしたのですが、SafariでMacが約7割もしめている!
今までweb作るときはIEでWinを結構考慮にいれて作っていたのですが、そんなことないのでしょうか?
クローム、早いし、もっとユーザいるのかなと思ったら、まだ全然いない。
ちょっとびっくりしたのですが、SafariでMacが約7割もしめている!
今までweb作るときはIEでWinを結構考慮にいれて作っていたのですが、そんなことないのでしょうか?
クローム、早いし、もっとユーザいるのかなと思ったら、まだ全然いない。
12/25/2010
ステキな素敵なクリスマスプレゼント
クリスマスプレゼントが届くのを昨晩から待っています。
まあ自分から自分への、ですが。
一つ前の投稿に続きですが
「憂国」の映画をDVDで買いました(amazon)。
ドイツのアーティスト ヨナタン・メーゼが半年くらい前に東京で展示をしていて
(確かタイトルがミシマイズバックとかだった気がする)
そのときに「憂国」を元にした映像作品を展示していたのを今思い出した。
映像作品というのは作るのも見るのも面白い。
数年前までは展示で映像があれば必ず飛ばしていたぐらいの人間なのに。
ウォーホールが映像作品は一番簡単だからやるのさ
みたいなことを確か言っている。
「簡単」という表現が相応しいかどうかは置いといて、
表現しようとしていることがストレートに出しやすいというのが、自分にとっての映像制作のイメージだ。
「書」で、テーマというか作品に付随してくるものといえば、せいぜい喜怒哀楽とかの内向的感情面や力強さ繊細さとかの表層面、そういうのがまあ定番であるため
(もちろん、オリエンタリズムという理由は抜きにして)グローバル、インターナショナルに乗りにくい気がする。というか日本国内ですら共有するのが難しくなってきている。
かの有名なモリサワは「文字を通じて社会に貢献する」と書いてある。
なんだか、書がその場を取って持っていかれたような気がするくらい、悲壮的なコピーだ。。
とか、書いているうちにヤマトサンタさん来ればいいのに、来ません。
待ち遠しい。いとおしい。
まあ自分から自分への、ですが。
一つ前の投稿に続きですが
「憂国」の映画をDVDで買いました(amazon)。
ドイツのアーティスト ヨナタン・メーゼが半年くらい前に東京で展示をしていて
(確かタイトルがミシマイズバックとかだった気がする)
そのときに「憂国」を元にした映像作品を展示していたのを今思い出した。
映像作品というのは作るのも見るのも面白い。
数年前までは展示で映像があれば必ず飛ばしていたぐらいの人間なのに。
ウォーホールが映像作品は一番簡単だからやるのさ
みたいなことを確か言っている。
「簡単」という表現が相応しいかどうかは置いといて、
表現しようとしていることがストレートに出しやすいというのが、自分にとっての映像制作のイメージだ。
「書」で、テーマというか作品に付随してくるものといえば、せいぜい喜怒哀楽とかの内向的感情面や力強さ繊細さとかの表層面、そういうのがまあ定番であるため
(もちろん、オリエンタリズムという理由は抜きにして)グローバル、インターナショナルに乗りにくい気がする。というか日本国内ですら共有するのが難しくなってきている。
かの有名なモリサワは「文字を通じて社会に貢献する」と書いてある。
なんだか、書がその場を取って持っていかれたような気がするくらい、悲壮的なコピーだ。。
とか、書いているうちにヤマトサンタさん来ればいいのに、来ません。
待ち遠しい。いとおしい。
12/24/2010
憂国
最近、三島由紀夫の憂国ばかり読んでいる。
短編小説で1時間もあれば余裕で読めてしまうくらいだ。
しかし、後味は凄まじく、いつまでも残ってしまう。
彼自身も、三島由紀夫という人間を知りたかったら、「憂国」さえ読めば分かる
と言っていたくらいだから、色々と凝縮されているのだろう。
「憂国」をベースに書の映像作品をつくるにあたって、自分なりに整理してみようというシリーズ。
三島といえば、右翼とかインテリとかのイメージが先行するが
この小説は描写力がすごく印象に残る。
特に、色彩について。本人は白と黒の描写と言っているが
白黒赤の三色で成り立っている。
殊更、白については異常なほど、強調されていて、この切腹している空間(中尉の家なのだが)が真っ白な空間ではないのかと思ってしまうくらいだ。
まだ観ていないが、憂国映像版だとホワイトな空間になっているらしい。
黒については墨や書の描写が印象強い。
(自分が書の人間だからかもしれない)
特に墨を摩るシーンがとても印象に残る。
赤は血液。
ただ、赤という表現ではなく、真紅とか紅という言葉を使っている為、とても日本的で優美なイメージを受ける。
乱暴な表現をすれば、「切腹」小説であるため、「死」の臭いの強い作品ではあるが、「女」や「性」の香りも感じる。
セックスシーンは勿論のこと、妻帯することによって仲間外れになってしまった中尉。
(規則で妻帯はNGだったらしいのだが)
また、軍刀を男性器の象徴として扱っている点などなど。
右翼だとか戦争だとかといったイメージはいつの間にか消して読んでいることに気がついた。
たぶん続く。。。
演劇との遭遇
「虎になる」@目白庭園終了いたしました。
お越し下さった方々、ありがとうございました。
http://www.sogatakuji.com/sangetuki.html
演劇といえば、かの有名な天井桟敷くらいしか知識はない人間でしたが、
ちょうど1年くらい前から映像やらを作るようになって、
あの「現場」という雰囲気がとても刺激的だなと感じるようになっていました。
そんな時にちょうど、今回のようなプロの方々と同じ時間を共有することができ、
とても運が良かったと感じています。
演出、役者の方含め、本当にありがとうございました!
(もちろん、一人で黙々と作業、制作することは大事ではありますが)
映画や舞台のような多くの人との作品制作というのは
様々な圧力や条件といったものがのしかかり、
そして、進行、段取りといったことも当然必要になってくるわけで、
そういった世界(舞台裏?)をちょっとでも吸収しようと、
常にしたたかに現場を見入っていたのであります。
美術といえども、人間社会ですから、「他者との共有」ということから
逃れることは出来ないと思います。
そういった意味で、映画映像舞台というような他者と同一の作品を制作するという行為は
とても今の自分にいろいろなことを問いかけてくれました。
今回、自分の出番は書の揮毫と若干の台詞、そして若干の動き
でしたが、皆の前で演技ということが久しぶりすぎたので
緊張を通り越して興奮していました。
演劇という世界にもっと積極的になろうと感じました。
そして、今回の演劇を通して、新しい映像作品のビジョンが浮かんできました。
原作は三島由起夫の「憂国」。前作の「濹東綺譚」同様、畏れ多い原作チョイスです。
あぁ、また稽古とかしたいなぁ。。
お越し下さった方々、ありがとうございました。
http://www.sogatakuji.com/sangetuki.html
演劇といえば、かの有名な天井桟敷くらいしか知識はない人間でしたが、
ちょうど1年くらい前から映像やらを作るようになって、
あの「現場」という雰囲気がとても刺激的だなと感じるようになっていました。
そんな時にちょうど、今回のようなプロの方々と同じ時間を共有することができ、
とても運が良かったと感じています。
演出、役者の方含め、本当にありがとうございました!
(もちろん、一人で黙々と作業、制作することは大事ではありますが)
映画や舞台のような多くの人との作品制作というのは
様々な圧力や条件といったものがのしかかり、
そして、進行、段取りといったことも当然必要になってくるわけで、
そういった世界(舞台裏?)をちょっとでも吸収しようと、
常にしたたかに現場を見入っていたのであります。
美術といえども、人間社会ですから、「他者との共有」ということから
逃れることは出来ないと思います。
そういった意味で、映画映像舞台というような他者と同一の作品を制作するという行為は
とても今の自分にいろいろなことを問いかけてくれました。
今回、自分の出番は書の揮毫と若干の台詞、そして若干の動き
でしたが、皆の前で演技ということが久しぶりすぎたので
緊張を通り越して興奮していました。
演劇という世界にもっと積極的になろうと感じました。
そして、今回の演劇を通して、新しい映像作品のビジョンが浮かんできました。
原作は三島由起夫の「憂国」。前作の「濹東綺譚」同様、畏れ多い原作チョイスです。
あぁ、また稽古とかしたいなぁ。。
性と死
自分の好きな小説を考えてみた。
やはりNo.1は 永井荷風「濹東綺譚」
そしてNo.2は三島由紀夫の「憂国」という順番だ。
そう考えると、「性」とか「死」みたいなベタなテーマが好きなのでしょうか?自分。そして長編より短編好みなのかもしれない。やはりギュっと凝縮されている方が好きなんでしょう、飽きっぽいから。
次に好きな映画を考える。
濹東綺譚、田園に死す、草迷宮、女と男のいる舗道、赤線地帯、ゴーストワールド、卍、カリガリ博士、ドイツ零年、瘋癲老人日記、etc
名作ばかりだな、、
意外に映画になると、「戦争」をテーマにしたのも好きなのかもしれない。
そして和物が多いなぁ。
やはり「性」とかをテーマに扱ったのが多い。
溝口健二、ゴダール、新藤兼人、等々、性や女性 娼婦をよく扱う監督が好きなのもあるのかもしれない。
小説も映画も昔は大嫌いだった。ここ最近よく読んだり観たりするようにしているから、まだ有名どころしか手が出せない。
お勧め映画の紹介待ってます~
曽我卓史個展 - 書家の人 -
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